個の力が求められる時代。高校生の個の力を育むために日本では、2022年度から「総合的な探究の時間」(以下:探究学習)が開始されました。
しかし、「そもそも探究学習の進め方がわからない」「探究学習の導入事例を知りたい」など探究学習の導入方法・進め方に不安をお持ちの先生方も多いのではないでしょうか。そこでLX DESIGN(以下:LX)は、公立高校で探究学習に取り組まれている探究主任の先生にインタビューを実施しました。
この記事ではインタビューでお聞きした、探究学習の進め方から探究学習の課題や解決策までご紹介します。
参考:日本教育新聞 2022年度から登場する総合的な探究の時間、授業のどこが変わるのか
異なるカリキュラムで横断型学習に取り組む「各学年の探究学習の進め方」
ー具体的にどのように探究学習を進められているのでしょうか?
総合学科がある我が校では、1年生で「産業社会と人間」のテーマで探究学習に取り組んでいます。探究学習は、週2時間の授業。1年間で2単位の取得を目指します。
また「社会と自分を知ること」をテーマに、職場訪問を通じて、仕事へのやりがいや社会の動きを調査する活動も行っていますね。
職場訪問は、工夫を凝らしています。職場ごとに現状の課題を出してもらうことで、訪問先社員の話を聞くだけでなく、生徒自身も一緒に考え、参加できる機会を意識的につくっています。例えばメーカーへの訪問は、「既存の商品をどのように他の使い方で活用するか」や、百貨店への訪問であれば「高校生が百貨店に行くためにはどのような施策が必要か」などのお題をいただきます。
生徒たちは自ら答えを出し、プレゼンテーション資料を作成。その後は、社員の方々の前で発表する機会を設けています。
ー1年生の後半から探究学習の内容に何か変化はありますか?
1年生の後半は、今年度からカリキュラムを変えました。教科が異なる複数の先生でひとつの授業をつくりあげる「教科横断型学習」を取り入れています。教師主導で行っているため4つの探究レベルで示すと、「ガイドされた探究」です。
授業内容は、社会と家庭科の先生で一緒に授業をつくり食品ロスの問題を考えたり、美術と情報の先生が組んで、ロボットのプログラミングのデザインを考えたりしています。
参考:一般社団法人 こたえのない学校【探究と探究でないものを分かつものは?~這いまわる経験主義に陥らないための考察と整理】
ー2年生からの探究学習はどのように進められているのでしょうか?
2年生からは、探究学習の4つ目のレベル「オープンな探究」を目指して、個人研究を始めます。生徒が自らテーマを決めて、研究方法まで考えます。2年生の研究は、3年生の1学期まで継続。3年生の夏休み前に最終発表があり、ひと段落する流れですね。
また、2年生からゼミも始まります。生徒は、国際社会、医療保健、健康スポーツなど6個の系列から研究したいゼミを選びます。
ーゼミの中で中間発表や総合発表はありますか?
2年生の10月後半に、ゼミの中で中間発表を行います。1月の終わりには、総合発表会があり、各学年で1年間の活動をそれぞれ発表していますね。総合発表の際、2年生は全員でポスターセッションを行います。コロナ前は保護者の方も参加していて、ここで生徒たちの1年間の成長を披露できる場でした。
最終的に、ポスターセッションでもらったフィードバックから修正をかけて、5000字の論文を執筆します。そして、3年生の夏にパワーポイントを使って最終発表を行います。
ー2年生からゼミを始めるにあたって、何か問題はありましたか?
最初は、担当の先生を決めてから生徒を募集していたため、先生の人気に左右されて生徒の偏りが出る問題がありました。自分が本当に研究したいテーマではないけど、好きな先生だからそのゼミを選ぶ子が出てきてしまって。
今は、自分が研究したい内容を決めてから動く流れに変えたため、生徒の研究したいテーマに統一感が出ました。
ー3年生は受験勉強が始まりますが、どのくらい探究学習を進めているのでしょうか?
個人の研究は7月の全体発表で終了します。教科横断型学習は、9月から12月の間に行っているため、我が校の場合はとくに受験勉強に支障をきたすことはありませんね。
しかし、多くの学校で3年生のいつまで探究学習を進めるかは悩みどころですよね。近くの学校では、2学期いっぱいまで探究学習を行って、1度発表した研究の論文を書き直しています。
まだ具体的に動き出してはいませんが、我が校では今後の方針として探究学習にとらわれない授業を目指しています。法律のように社会に出てから役立つ内容を取り入れていきたいです。
探究学習における課題は「先生間の共通理解を深めること」その解決策とは?
ー探究学習において課題と感じる部分はありますか?
教員の共通理解です。当たり前かもしれませんが、20人の先生の中で探究学習に熱心な先生もいれば、そうでない先生もいて。また、これまでに探究学習の経験がある先生もいれば、初めて探究学習に取り組まれる先生もいます。
先生によって、授業の中身や指導の差が生まれてしまうのが今感じている課題ですね。
ー先生の共通理解を深めるために取り組まれていることはありますか?
全体研修を行っています。4月の段階で、「そもそも総合学科とは何か」や「産業社会と人間の授業では何をするのか」など取り組みの目的や方向性を再度確認しています。
どの学校も、年度当初はかなり忙しいと思います。でも、何事も最初が肝心です。「ここはこういうものなんです」って知っておいてほしいことは最初に伝えておかないと、目的や方向性にズレが出てきてしまうので、大事にしていますね。
ー探究学習における先生方の技術面向上のために取り組まれていることはありますか?
先生方には「中高生からの論文入門」を読んでいただくようにお願いしています。「中高生からの論文入門」は、探究学習だけでなく、卒業論文や新大学入試にも活用できる参考書です。テーマ選びから文章の書き方、プレゼンテーションの方法まで網羅されています。
今は研修費で20冊分購入して、自分で購入するのが難しい先生方にも読んでいただけるように呼びかけています。先生方が探究学習やゼミの運営をしていく技術面向上には、やる気の問題もあると思いますが、どうやったらいいかわからない方法論の問題も大きいと思っていて。出来る限り方法論を提示するサポートをしています。
また、探究学習には外部研修があるので、参加してもらうように勧めていますね。あとは自分が受けてよかった外部研修の内容は、探究通信として配布しています。共有することを大切すると、職場内にもオープンマインドが広がっていくんですよね。
こうすることで日頃の立ち話でも、探究学習について話してくれる先生が増えて、共通理解が深まると考えています。
すべての物事に対して言えますが、「やらないといけないからやっている」や「決められているからやっている」などの観点がなくなると、物事はスムーズに進むのではないかと感じていて。そういった観点をなくすためにも、まずは自分から行動しています。
「できないことができるようになる」探究学習を通して感じる生徒の成長と魅力
ー探究学習を通して、生徒にどのように変化があると感じますか?
探究学習は正直難しいです。嫌がる生徒もたくさんいます。それでも、終えた後は達成感を覚えている生徒が多いです。
「最初はどうなるかと思ったし、自分にはできない」と思っていた子も、終わってみれば「やってよかった」と言ってくれて。探究学習を通して、できないことができるようになる成功体験を与えられている実感があります。
探究学習をする中で、自分の中の好きなものがより明確化して夢につながる子もいます。また、探究学習で極めたことが大学の推薦入試につながって、生徒の背中を押すことができている感覚もありますね。
1年生の職場訪問から実社会とつながる経験を得られるからこそ、好きなものがより見えてくるのではないでしょうか。
生徒だけでなく、先生にも変化が起きているのは事実です。生徒の成長を身近で感じると、先生方の気づきのヒントになるんです。
プレゼンテーションひとつ取っても、先生は少ししか教えてないのに、生徒の力だけで想像以上のものをつくってきてくれて。生徒の力を活かすとこんなに素晴らしいものが出来上がるのだと、本当に感動します。
多くの先生が、普段の授業は生徒の力を活かし切れていなかったなと気づき始めて。私自身も含めて授業内容を変えようと、話題に出ることはよくあります。
私自身は、探究学習を進める中で、「そもそも学ぶとは何か」を考えました。教えられることを吸収するだけでは、学ぶことではない。生徒が本当の意味で学ぶ機会をつくるには、生徒自身が試行錯誤する機会が必要ではないか。そう思い、思い切って今年から生徒主体の授業に変えました。
ー探究学習を通して、生徒にどのような力をつけてほしいですか?
試行錯誤する力を育んでほしいです。
探究学習はすぐに答えがでない分、生徒はやりたくないと言います。しかし、世の中簡単に答えが出る事象ばかりではないと思うんです。簡単に答えが出ない問題にも、粘り強くアプローチし続ける力を養ってほしいですね。
また、多くの人と出会ってさまざまな考え方に触れることで、複数の視点から物事が見れるようになることを願っています。
ー今まで探究学習に取り組まれた中で感じる探究の魅力はありますか?
自分の能力を活かせる、自分を知る、体験がともなうことでワクワクする。探究学習には、さまざまな魅力があると思います。
また、社会とつながりを持ちながら自分で主体的に行動するため、学びの実感を得やすかったり成長を感じやすかったりするのも魅力ですね。学びに楽しさを感じられるからこそ「もっと学びたい」「もっと他の人に出会いたい」と、ますます学びへの探究心が深まるのがいいところだと思っています。
ーこれから探究学習に取り組もうと考えている先生方に向けて、メッセージをお願いします!
探究学習は終わりがありません。すごく難しいけど、それ以上に魅力があります。私自身も、やりがいを感じつつもまだまだ試行錯誤している段階です。その中で、探究学習に踏み出そうとしている先生がいるのは本当に嬉しんです。
職種や地域が違っても、日本の教育を盛り上げてくれる先生が増えてくれるのは心強くて。ぜひ、一緒に頑張りましょう!
ー今回は貴重なお話をありがとうございました!